E先生は私にいろいろな病気の患者さんを会わせる。
このところ、調子が悪く、もう、寝たきりでいくしかないのか?と弱気になる。
そういう時、E先生はものすごく必死で生きている患者さんに私を会わせる。
言葉を話すこともできなくて、呼吸だけをして生きている患者さんに今日も出会った。
呼吸も、あごを上にしなければ、痰がつまってしまう。
こちらは、どう対処して良いのか戸惑ってしまう。
私は、歩いているし、一応、仕事をしている。
食事は、苦痛にはなってきたが、食べることはできる。
筋肉疾患と診断された時(どうも誤診のようだけど)は、インターネットで彼らのページを探し、どうしてこんなに必死で生きられるのか、理解できなかった。
病気を知らない人程、病気になった時、“おたおた”するようだ。
インターネットで同病の人が多くいることを知ると、それだけで、少し心が楽になるのは、大衆の中で生きている人間の心理なのかもわからない。
BiPAPを使用しなければ生きられないことを、“めがね”なんだから、と、言い切るE医師。
達観しているというか、そんな小さい事を考えてもしかたないだろう、というメッセージを発しているのかもわからない。
しかし、凡人である私は、普通の人間を“ずーっ”と探し求めている。
すなわち、酸素、BiPAPが不要であるような治療がどこかに存在するに違いないと。
まだ、納得していないんだ。
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